再び研究会
トゥック・トレイ製造現場はどうか、というと、結構な匂いがします。それはもちろん魚の発酵した匂いなのだが、人によっては腐敗臭のようにも感じられるかもしれない。だが、私は魚醤好きなので、全く気にならない。
これは典型的なトゥック・トレイ工場である。これはトゥック・トレイを製造・保存しておく水槽のようなもの。
中はこんな感じで、このゴザのようなものの下に魚と塩が敷き詰められている。
これが数か月たつと、こうして液化し、それをろ過するのである。この段階で私の食欲はすでに刺激されている。
次はこのトゥック・トレイを瓶詰めする作業であるが、この瓶が問題である。やや高級なものとなると新品のペットボトルに詰めることとなるが、汎用品だとリサイクルのガラス瓶となる。上の写真がそれ。この古瓶をきれいに洗って再利用するのである。
このように、豪快に洗うのである。
で、それを天日干しする。カンボジアの暖かな日光にさらされて死滅する細菌、って、大丈夫なのか、ホントにそれで。
このようにして再生された瓶。エコだね。だが、低級品らしいラベルである。よく見るとバナナの絵柄だが、それがトゥック・トレイとどのような関係にあるのかは全く不明である。
上は高級品種トゥック・トレイ。ラベルにはエビがあしらえてあるが、もちろん原料にエビは含まれていない。聞くと、「高級そうに見えるから」と。
またエビである。青というのはなんだかな。個人的には上の赤ラベルの方が食欲をそそられる。
これは今最も売れているというラベルのもの。しっかりと魚柄だが、この魚はトゥック・トレイの原料ではない。が、これは許容範囲だろう。
カンボジアの事情はよくわからないが、ベトナムでは魚醤(ニョックマム)に同量のレモン汁、それから結構な量の砂糖、そして少しの唐辛子を入れるてタレを作る。揚げ春巻きでも焼き豚にもなんでも合って、まさに魔法のタレ、天国の味がします。
今回はちょっとカンボジアの魚醤であるトゥック・トレイを追ってみた。東南アジアの食卓では広く魚醤が使われており、タイではナンプラー、ベトナムではニョックマムという名で知られている。そのカンボジア・バージョンがトゥック・トレイである。基本的に魚を塩漬けにし発酵させて抽出した液で、独特な香りがあるため嫌いな人もいるだろうが私はこれら東南アジアの魚醤をこよなく愛している。
これはセントラルマーケットで売っていたトゥック・トレイ。原料は魚で、淡水・海水どちらの魚でも出来る。今回はトンレサップ水系の魚(淡水魚)で作られるものにフォーカス。カンボジアの一部は海に面しているが、基本的には内陸のようなもので、魚の漁獲量も圧倒的にトンレサップ湖・川、メコン川など内陸水系に依存している。
で、まずは漁業関連の方々。トンレサップ川の主だった魚場のようなところへ。
おお、なかなか良いぞ、魚のにおいがしてくる。
と、そこに漁を終えた船が帰ってきた。

すると周りにいた仲買人のような人たちがワラワラと寄っていくので、我々もついでに寄って行って何が獲れたのか覗き込んでみた。なるほど、いろいろ獲れてます。でも、我々が追いかけているのは特定の小魚で、現地ではトレイ・リエルと呼ばれるもの。これは厳密には複数の魚の種類をまとめた総称のようなものだ。で、今回の調査時期がこの魚の漁の時期から少しずれていたため、なかなか見つからない。
やっぱ時期が悪かったかな、などと弱気になっていたところ、通りがかりのばあさんが抱えているざるの中を見てみると、おおっ、トレイ・リエルがおる。っていうんで、ちょっといろいろ聞いてみたりする。
トレイ・リエル発見。

イワシのようにも見える。かわいらしい顔つきだ。根が真面目そうである。
それにしてもいろいろな種類の魚が取れるんだなと。
そういった魚で干物も作ったりする。基本、日本のやり方と同じである。
ありとあらゆる魚が干される。干物を作る際、どうもこの裏返しのタイミングが大事のようである。上のイケメンが一生懸命ひっくり返していた。しかしこのトンレサップ、すごい豊かな水系だなと実感。まさに恵みの湖・川だ。カンボジアはこれなしでは成立しないだろう。
カンボジアで行った先々で渡すはずのお土産がタイでの調査中になくなってしまったので、出発前にバンコクで購入することに。
私はタイ人ではないが、ここは堂々とThailandと書かれたチョコをとりあえず10個程度買ってスーツケースに入れて持ってきた。ちょっと前までタイ・カンボジア国境にある遺跡を巡って両国の軍が実弾を交えて戦っていたが、そういった込み入った事情はこのさい無視である。ま、一応争いも収まったようだし、よいのではなかろうかと。
だいたいスーツケースの1/3から半分くらいはこのようなお土産がスペースを占領することになるが、これが帰りには現地でゲットした資料やらになる。こういうお土産は小さなことのようだが、フィールドワークでは案外重要だったりする。ようは気持ちの問題だが、万事この気持ちが大事なのである。
毎度のことだが、定点観測的に市場に行く。以前も何度かアップしたセントラルマーケット。年々手が加えられ、きれいになっていくような気がする。ただし、中で売られているものは相変わらず同じようなもの。でも、楽しい。
バンコクから直接カンボジアへ。TG580というバンコクを朝の7:45に出る便を取ってしまったものの、乗る前日になって激しく後悔。国際線だと飛行機出発の2時間前にチェックインという常識があるのを忘れとった。ということはだな、空港に5:45についていないといけないわけで、ということはホテルを5:15あたりに出ないといけないわけで、ということは4:30頃起きないといけないわけで・・・。もちろん荷造りを前日に終わらせてこれだ。あー、しもーた。
バンコクからプノンペンまでは1時間ちょっとでつく。毎回思うけど、このプノンペン行の飛行機って、いつも満席なんだよな。何かあるのだろうか、プノンペンに。
これ↑はバンコクで見つけた鮨(にぎり)型グミ菓子。「やりーがし(「や」に濁点あり)」。米風に固められたグミの上のものが何の魚のつもりなのかわからんが、どことなく気持ち悪い。体に何一つよいことはなさそうだが、こう、疲れるとこういうもので癒したくなります。
日本なのか、ここは、と思うのである。
最近スクンビットの45あたりにできたショッピングセンターというか、レストランセンターのようなもの。おしゃれである。そこに、
丸亀製麺。これ、うちの近所にもあるぞ。
価格はぶっかけうどんが59バーツ(約160円)とそんなに高くない。道端で食べるタイのラーメンのようなクイッティアオが30から40バーツであることを考えると、少し高級感があるが、手が届かないというものでもない。そして、これ↓
ラーメン亀王。これも大学のそばにあるぞ。で、この建物の一階にはこれ↓
Max Value。やや小ぶりなマックス・バリューだが、日本のイオングループのあのマックス・バリューだ。
日本化しようとしているのか、バンコクよ。
今日のタイ経済を見る場合、外国人労働者抜きにして語ることはできない。その中でもミャンマー(ビルマ)人労働者の存在は大きい。特に労働集約的な工業部門や農業・水産業などで多くのミャンマー人労働者が活躍しているのが現状である。
日本の例をいちいち持ち出すまでもなく、外国人労働者の問題は深くて複雑である。それは一方で産業構造と人口構成の変化から起こる労働市場の需要供給のミスマッチがあり、その結論でいえば外国人(移民)労働者の受け入れはある程度必然性を帯びてくるのであるが、他方では外国人に対する排他的な感情や警戒心があり、これらが労働力の国際移動を困難にしているのである。
タイについては、近年政府の政策として、外国人労働者をより積極的に評価する方向へと転換している。
下はバンコクのとある工場の壁に貼ってあったもの。一番上がタイ語、真中が英語、そして下はビルマ(ミャンマー)語。なかなかインターナショナルではある。
カンチャナブリの調査のあと、車でバンコクに帰りがてら、遅いランチを道端のレストランでとった。
下は焼き鳥(ガイ・ヤーン)。イサーン(東北タイ)系のレストランなのかも。
そこで頼んだもの。
ソムタム(つまりパパイヤサラダ)。タイ基準で唐辛子を入れると死んでしまうので、そこはかなり控えめにしてもらう。それでも辛い。が、うまい。
これ↑は私の好物であるコー・ムー・ヤーン(豚のど肉のチャーシュー)である。美味で、ビールがほしい。
そして今回のメインは上の焼きナマズ。ナマズ料理はカンチャナブリに限るのである。絶対である。以前バンコクでこれと同じような炭火焼にされたナマズを食ったことがあるが、川底の味がした。それが、そういった臭みが全くなく、なんか鯛のような淡白な白身で、とてもうまかったのである。
今回の調査で得た教訓:ナマズはカンチャナブリで食え。
今回は実に精力的に調査をした。ほとんど隙もないようなスケジューリングで、全くユルイ東南アジアにそぐわないこと甚だしい。が、まあ、そんなことはいい。
ある日、バンコクから百数十キロ西に行ったところにあるカンチャナブリ(Kanchannaburi)県にある工場に行ったとき。そこの企業は衣料品を作る縫製工場だが、話を聞いていると、公官庁(地方政府)のイベント用のユニフォームみたいなものも受託して作っているという。それで、その製品がこれ。
おおっ、立派じゃないか。Vision of Kanchannaburi(カンチャナブリの未来)ということで、将来の県のビジョンを堂々と背中に入れているなんて、カンチャナブリ県政府すごいな、日本の地方政府も見習ってはどうか、などと感動。読んでみると Eco Tourism(エコ観光), Green Agriculture(環境にやさしい農業?), Clean Industry(クリーンな工業), Gate of Border Trade(国境貿易の玄関口) and Better Quality of Life(生活の質向上)を目指しているとある。これは素晴らしいね、カンチャナブリ県政府の長期目標なんですか、いや、すごいですね、とか言っていると、経営者がまだまだあるよ、と言って下のものを出してきた。
なんと、今度はVision of Ratchaburiと。ラチャブリとはカンチャナブリ県の南に隣接している県である。おおっ、ラチャブリ県もまた独自の目標、すなわち未来像を語ったものがあるのか、タイの地方政府は素晴らしいねと思ってそれを読んでみると、Vision of Rachaburiに続き Eco Tourism(エコ観光), Green Agriculture(緑の農業?), Clean Industry(クリーンな工業)…ってさ、これ、カンチャナブリと全く同じやないか、と。おいおいおい、結局地方政府はこの企業に自分とこの県の未来像を託したんか。これはどうなんだろ、つまりはカンチャナブリ県政府およびラチャブリ県政府がだめなのか、あるいはこの縫製企業がすごいのか。タイは浅いようで深いな、という暫定的結論を出したところで退散した。
今年も春はタイで調査した。暑いわ、タイ。今回はまだ泊まったことのないホテルにしてみた。スクンビットのソイ24の入り口からかなり奥に入ったところなので、若干不便ではあるが前から気になっていたところ。Davisというブティック・ホテル。
まあまあの広さだ。
この部屋と洗面所を隔てているはずの壁がガラス窓って、これはどうか。一人だから解放感があってよい気もするが、そうでなければ家族でも相当イヤだろうな。
ま、そういう細かい点を無視すれば、仕事をするデスクもあるし、Wifiでネットもそこそこ繋がるし、掃除も行き届いていたし、一泊5000円弱とリーズナブルで、総じていえば満足。
先日、大学の卒業式があった。うちの大学では全体の卒業式の後、学部・ゼミ単位に別れて、ゼミの担当教員から当該学生に学位記を授与するという方式である。
毎年この時期というのは、4月から始まるであろう新しい生活に向けての希望と不安、それから大いなる寂しさが入り混じったような、何とも言い難い独特な雰囲気に包まれて、なんだか浮足立った感じで落ち着かない。落ち着かないけれども、未知なる世界に向けて旅立つこの感覚が好きではある。
昨年に続き、今年も自分のゼミ生が社会に巣立っていった。教育というのは、なかなか良い仕事だな、といつにも増して強く思う。
ガンバレよ、みんな。そして、次は社会人として元気に活躍している君たちに会えるのを楽しみにしているぞ。
アデレード大学が進化している。昨年までは工事中だったあたりがようやく完成し、学生のみならず外部の人でも利用できる公共的なスペースができた。
上がその写真。Hubと名付けられ、とても人気の高い施設となっているらしい。もとは校舎と校舎に挟まれた空地のようなところに屋根がかけられ、カフェなどの飲食スペースや学生がくつろげるようなパブリックスペースが設けられて大きく変貌。地下階は学習スペースがふんだんに取られていて、隣接する図書館にもつながっており、とても使い勝手が良い。
上はくつろぎスペース。このHubの設計には教職員のみならず、学生も積極的に参加したとのことで、いろいろとよく考えられたものとなっている。
Hubの一角にある簡易キッチン。電子レンジやホットサンド用オーブンなどがあり、だれでも自由に使える。
これは地下階の勉強スペース。いたるところにパソコンも設置されているし、自分のパソコンを持って行ってLANにつなぐことも可能だ。それとあのガラスで囲まれているのはグループ学習をする際の個室。こうしたグループ学習室のようなものも結構設置されていて、勉強したくなるような雰囲気が漂う。
私も滞在期間中、Visitor用のパスワードなどをもらっていたので、それで自分のパソコンをWifi LANにつないでみた。おお、簡単につながるではないか。素晴らしい。コーヒーを飲みながら、遊んでみる。おお、しかも大学図書館の電子ジャーナルコレクションにもアクセスできるではないか。素晴らしい。普通に仕事できるぞ、ここ。
このHub、24時間オープンでやる気になればいつでも勉強・研究ができる環境を提供している。このようなスペースが日本の大学にはほぼないが、なぜだろう。海外の大学を見るといろいろと勉強になるが、それをすぐに自分の大学に反映できないところがもどかしい。日本の大学文化の浅さが痛感される。
2月に再びアデレードへ行った。今度は学生29人連れて。私の役割は行きの引率と、現地でのプログラムの導入・調整。そして、学生をそのまま現地に放置して一人帰国するというもの。学生どもは5週間現地に滞在し、英語と専門科目の勉強をする。29人の引率業務は大変だが、自分の手下となる学生リーダーを男女それぞれうまく選出すると、ことがスムーズに運ぶ。今回もクアラルンプールでの乗継に5時間も空き時間があり、一人くらいマレーシアに入国してしまってそのまま行方不明になるのではないか、などと心配してみたが、杞憂だった。
今回はアデレードで大学時代のゼミ同級生に会ってきた。ひょんなことから、その彼がアデレードに住んでいる(駐在)ことが発覚したのだが、とても信じられない気持ち。シドニーとかじゃなく、アデレードって、なんで?向こうも同感だったらしく、「お前、なんでまたアデレードなんかに?」とか言ってた。
その彼、結構面白い仕事で来ていて、なるほど、世界を動かしているなと感心。そして、健康維持活動にも熱心で、毎週末地元のトライアスロンチームの練習で汗を流しとるって。アイアンマンとかするらしい。アイアンマン、要するに4キロ泳いで、180キロ自転車をこいで、それでフルマラソンを走るという殺人的競技だ。学生時代はタバコとココイチ三昧で、おまけに髭まで生やしていて、不健康の権化みたいだったのに。。。すごいね。というか、振り返って私はどうか。まずい、何かしようか。といいながら、下記のような350グラムのステーキなどを食べてたりする。肉、って感じ丸出し。うまし。
これは入試弁当である。といっても、私が受験しているわけではない。試験監督者に配布される弁当である。
2月および3月というと、大学では入学試験シーズンとなる。これに毎年何日かかりだされる。確か自分も大学受験をしたはずだが、その時の様子やらを今思い出そうとしても驚くほど思い出せない。自分、本当に入試に合格して大学に行ったんだっけ?一浪の時の入試では、背水の陣のような緊張感を持って臨んでいたことだけ漠然と思い出せるが、具体的なことはまるで覚えていない。
うちの大学は毎年何万人もの受験生がやって来るため、この入試が一大行事となる。教員としては、割り当てられた日に、所定の場所に行って監督者としての役割を全うすればよいのだが、その段取りを担っている事務局は大変だろうなあと思う。
それにしても入試に臨んでいる受験生の緊張した顔を見ていると、とてもあどけなく、かわいらしい。信じがたいことだが、自分のゼミ生どもも、数年前まではあんな感じだったのだ。 大学の4年間というのは、なんだかんだいっても大きいな。
淡路島の海沿いの道。メルボルンから伸びているグレート・オーシャンロードと比較すると、何か寒々しい。
日本はなかなか自然をうまく生かした景観設計が得意でないようだ。やりようによっては、ここももっときれいになるとは思うけど、しかし津波とか台風とか、いろんな災害もあり得るので、その辺の事情を考慮すると、このようになるのかもしれない。
だが、日本の地方はやはり食だ。見よ、このうまそうな鯛の刺身。これはその時にとまった旅館の夕食に出たもの。大きい。プリプリさが違う。
そして、絶品だったのが下の鯛のかぶと煮。なんてうまいんだ。日本の食文化の奥深いことよ。これはどこの国にも真似できん。
メルボルンで車を借り、グレート・オーシャン・ロードという海岸沿いに伸びる道を走ってみることにした。
車は上の赤い三菱ランサー。チャイルドシートなども借りて24時間で約80オーストラリアドルなので、6400円くらいと安い。日本から特に予約もせず、メルボルンについてから手配した。
グレート・オーシャン・ロード。これは海がきれいである。
これはLorneというロード上にある観光の街。特に何があるわけではないが、海がある。この近辺はサーファーにとって良い波が来るということで有名だそうだ。リゾートである。
Lorneの街でFish and Chipsの老舗みたいな店でTake outし、公園のベンチでランチをとる。それと前の日に買っておいたものやらも合わせて小ピクニック。オーストラリアで外食する際、中華などに行かない限りは多くの場合、このフライドポテトが食事についてくることが多く、最初はうれしいのだが、そのうち米類がやはり食べたくなる。メルボルンは大都会なので日本食もあるが、短期の旅行なのだしということで、そこは我慢した。
だが、ホテルには小さなキッチンもついていて、鍋類もあるので、何度かホテルで料理もした。基本的には肉類。これを焼くのである。
上はTボーンステーキ。285グラムで4.55ドル(約360円)。子供たちにも大好評。下は階に行ったスーパーの肉類の棚に会ったカンガルー肉。これは今回は食べず。
アデレードに数日いて、今度はメルボルンへ移動。飛行機で2時間弱くらいだったような。
ホテルからのながめ、中央右側に見えているのは昔博覧会をやったとかいう建物で、その背後にあるのが博物館。この博物館、よかったです。
メルボルンではよく中華街で食事した。結構充実した中華街で、街のど真ん中にある。
地球の歩き方にも載っているレストランの様子。エビの餃子(ハーガオ)は定番。好きなものをつまめる幸せ。
Queen Victoria Marketという大きな市場などへも行ってみた。ここがいろいろな食材があり、楽しい。
特種な肉類いなのかな。ウサギ肉とある。
魚介類も豊富である。
マグロはSushi Gradeと書いてあるけど、つまり、刺身でいけるということなのだろう。
牡蠣だ。おいしそうである。
もちろん通常の肉類も。表示の値段はキロ当たりの価格である。
野菜もある。種類も豊富だ。
と、なかなか楽しい。
2011/2012の年越しはオーストラリアでと豪勢にいった。家族で。アデレードから入り、メルボルンから帰国という旅程。アデレードはこれまで5度ほど行ったことがあったが、メルボルンは初めて。
今回は子連れ。往路の旅程としては 関空⇒台北⇒香港⇒アデレード。台北は予定外で(飛行機に乗って初めて経由することを知った)、1時間飛行機が立ち寄っただけだが、これが入ったせいでやたら長く感じた。
今回は香港のCathay Pacificで。キャセイでオーストラリアに行くのは初めてでうれしい。子供用の食事にあらかじめChild mealを頼んでおいたら、こんなガッツリ系の子供食が。
まずはアデレード。暑かった。12月というと初夏なのかな、などと思っていたら37度くらい。それにしてもビーチがきれいである。真夏のクリスマス、という感じか。
現地に住む友人一家にワイナリーへも連れて行ってもらう。Corioleというところで、前に一度行ったことがある。
ここのワインはおいしい。いくつか違う種類のものをテイスティングしたのち、白を1本と赤2本を購入。よろしいなあ、こういうのが近くにあるなんて。
そこに行く途中で、野生のコアラとカンガルーを発見。子供テンションMax(親も)。写真では小っちゃくしか映っていないが、目を凝らせば見えるはず。。
先日、国際運転免許を作ってもらうため、自分の住んでいるエリアの運転免許センターへ行ってきた。それにしてもああいう公の施設って、建物から何から何まで、なぜああなのだ。とにかく機能的であろうという姿勢は認めるが、なぜあんなに寒々しいのか。
暗い気持ちになったところで必要な金額分の印紙を購入し、申請。30分でできます、と。で、その待ち時間にウロウロしていると、食堂に小さな売店を発見。見てみると、免許の試験問題集や初心者マークなどと並んで、警察グッズが売っている。わりといろいろあるな。その中で最もバリエーションが多かったのが、携帯ストラップ。

誰が買うんじゃ、と思ったけど、売り場のおばさんによるとこのストラップ、案外売れてるらしい。だからって俺も付けてみようかな、などとは全く思わない。
毎年インター・ゼミなるものをゼミ行事の一つとして開催している。これは私のゼミと、他3大学のゼミとの共同イベントで、共通テーマのもとで皆で発表しあうというもの。ほかの3大学の教員とはお友達なので、なかなか楽しく盛り上がる。幹事校は順番に回ってくるが、今回は東京の大学の担当。それでてっきり都内でやるものと思っていたら、意表をついて河口湖でやりますと。それで今回は学生どもと行ってきました、山梨へ。
どうやって行くんだということで、ネットで調べてみると、河口湖へは新宿からバスで行くのが一般的だということが分かったので、新宿で前泊。新宿駅から15分ほど歩いたところにある、風呂トイレ共同4000円という寮のようなところに宿泊。が、寝るだけなので問題はない。
部屋から見える夜景がきれい。都会やのう、新宿よ。
早朝のバスで河口湖へ。激寒。富士山がきれいだ。空気もうまい気がする。
40名ほどの学生があつまり、一日半にかけて発表やら討論をやる。「今どきの学生は・・」、などという大人もいるけれど、今どきの学生は、焚き付けてやれば実に頑張るのである。その頑張りがこういう場ではいかんなく発揮され、とても充実するのだ。教員としては体力的にもある種限界を迎える瞬間があるが、同じく充実するので、また来年もやるかなどと考えてしまう。
うえは山梨名物のほうとう。ほうとう、うまいね。気に入った、ほうとう。
先日、国際労働機関(International Labour Organization, ILO)のアジア太平洋地域会議にオブザーバーで行ってきた。これは4年に一回、アジア・太平洋地域及び中近東の40以上の国の参加のもと開催されるという大掛かりな会議で、開催地も地域内のどこかでやるというもの。今回は京都での開催となり、比較的近くにいるということでオブザーバー参加。場所は京都の国際会館。
国際会館の会議場の一つ。向こうに見える山は比叡山だ。今から7年くらい前まで数年間この近くに住んでいたので、少し懐かしかった。中心部から遠いし、気温も2~3度低いが、自然豊かで良いとこである。
この会議、基本的に政府と労使の代表が来るというので、大臣級会合。ということで、今回の会議の議長は開催国の政府代表者という慣行があるのか、日本の担当大臣である小宮山厚生労働大臣。小宮山さんの話し方はやはりアナウンサーっぽく、聞き取りやすかった。
この髭のおじさんはILOのソマビア事務局長。風貌がサンタっぽく、季節がらとてもよくなじんでおる。
そして開催国を代表して野田総理。この人が入場する際はやはり多くのSPも同時に入ってきて、少しだが場が緊張した。20分ほどスピーチしたが、こういう際のこのような立場の政治家のスピーチって、会議の内容に少しかすりはするけれども、基本的には内的な政治状況に対するメッセージという感じがいつもする。この日はグローバリゼーションによる負の側面を認識しながらも自由競争のメリットを訴えており、これは最近のTPPをめぐる動きとの関連かなと。あとは中間層の購買力や社会保障の問題。これも最近の消費税・社会保障の改革の流れのものかと。スピーチを終え、すぐに会場を後に。ま、忙しいだろうからね、いつまでもいられないのだろう。
議場の外ではこんな感じ。実際の真剣な話し合いはこのようなインフォーマルな場でまとまることが多いといわれている。が、それにしてもこのような大掛かりで政治的な会議というのは、いつでも何か白々しい気がする。私としては元同僚などに会えたりしたのが楽しかった。
帰り道、ぼんやりと会議を振り返りながら自宅から最寄りの駅の商店街を通り抜ける際、お気に入りの揚げ物屋で夕食のおかずとなるものを物色。このお店は夫婦と思われる若いカップルが営んでいて、揚げ物のバラエティーがとても豊富である。そこで子供が喜ぶフライドチキンと奥様用の魚のフライ。それとウズラ卵の揚げ物、コロッケも買う。ここで揚げてもらい、家路を急ぐ。そして思う。ILOの活動自体は意味があるものも多いかもしれないが、ああいう政治的な会議に関しては、いったい我々のような普通の人々の日々の生活に、どれくらい意味のある決定をし、行動を約束できるのだろうか。あの形式ばった手続きと現実感覚ゼロの雰囲気の中で。
某財団の研究会で東京へ。今回の会場は学士会館。HPによれば、もともとは旧帝大卒の人用の会員制クラブだったらしいよ。以前にも一度ここで研究会があり、行ったことがあるけど、建物はレトロな感じでなかなか雰囲気あったね。
この研究会、ホント大物が何人かいらっしゃるので、毎回気が重い。微妙に分野も違うし。刺激とか勉強になることはたしかにあるが。
で、この研究会にはディナーもつきもので、今回は東京駅にそびえる丸ビルの35階にあるフレンチ。レストランから見える外の景色が素晴らしかった。皇居がすべて見渡せる。こういうのって、国家安全保障的にみると、ちょっと海外ではありえない気もするけど。
このフレンチ、上品なので一皿に盛られてくる食い物のサイズがミクロ。おいしいのか判断する前に、いつの間にかどこかへ消えているというような。その日のコースの内容が紙に書かれてテーブルに置かれているが、そこにある名称から実物は全く想像できない。たとえば、「ランド産プーレ・ジョンヌのコンフィと南瓜のロワイヤルシャンピニオンのブイヨンカプチーノ」とは誰のことか、とか考えてしまう。
あと、妙に詳細であるという点。たとえば「120度でゆっくり柔らかく蒸し焼きにした真鯛 アスパラガスとエシャロットコンフィ―の脇役 さわやかなレモンヴィネガーソース」など。脇役にされる食材の気持ちになると、気の毒だ。
今度はハノイの本屋。ハノイに行けばとりあえず行くという、チャンティエン通りにあるタンロン書店。
ホーチミン市の本屋さんのほうが大きくて立派だが、中身はなぜかこちらのほうが充実している。統計書なども見つかる可能性が高い。が、この時はここにもめぼしいものがなかった。そこで、「知る人ぞ知る」という闇的な本屋へ。
近くにある、この薄暗い路地を入っていく。この先に、この「知る人ぞ知る」本屋があるのだ。
ここだ。以前はもう少し違うところにあって、そこは本当に薄暗くて怪しさ満点だったが、最近になって少し明るいところに新装開店したらしい。
なかはこんな感じだ。いろいろとリクエストすると、ほとんどある。「ちょっと待ってね」とか言って、そこのおばちゃんがどこかへ走って行き、戻ってきたときにはその目的の資料があるというような。で、ゲットしたものは下記の通り。
統計年鑑全国版。
ついでにハノイ市の統計年鑑。
これは労働統計。
これは企業・産業統計。しかし重たいわ。
ベトナムの工場の食堂の飯がうまいと。いろいろと調査をやっていると、どうだ、一緒に飯食うか、ということにもなるでしょ。その飯がうまい。
これは食事風景の一つ。質素に見えるが、侮るなかれ。一つ一つの小さなおかずでごはん山ほど食えます。
これも食堂飯。オフィスに持ち込んで、ご相伴にあずかる。これも見かけに騙されてはいけない。おいしいのだ。
あまりに食堂飯がうまいので、浮かれている労働者。明るいぞ、ベトナム人。
これは今までで最高の工場飯。この日はたまたま経理部長らしき人の誕生日で、このように豪華なものに。カニ、牛肉、蛇料理、鳩料理、野菜などが所狭しと並ぶ。もうこうなったらビールも、ということになるでしょ。蛇料理はあまり感心しない味のものが多かったが、これはおいしかった。
このように飯がうまいと、社会主義ベトナムでも若者はこのようにモヒカン化します。あっぱれベトナム工場飯。
ミャンマーの調査終了後に再びベトナムへ。ただし今度はハノイ。ベトナム航空がヤンゴンからハノイへなぜか直行便を飛ばしている。ハノイといえばベトナムの首都で、ホーチミン市とは何か雰囲気が違う。中国的な感じが強まってくるというのか。政府機能があるからかな。
ホテルの部屋から撮った写真。風景の色が少し黄色がかっているのは、ホテルの窓にそのような遮光用フィルムみたいなものが張られているせいだ。
ホーチミン市と比べてどことなくゴチャゴチャしている感がある。昔はそれが楽しいと感じたものだ。
このように果物屋ら野菜やらを道端で売っている行商人もハノイの方がまだ多い。この人が売っているのは釈迦頭といわれる果物で、英語ではCustard Appleという。日本では見かけないが、私は好きだ。カスタードのようにクリーミーだが、味自体は案外あっさりしていて、ジュースにしてもアイスにしてもうまい。
ミャン国人気レストラン、Danuphyu Daw Saw Yee Myanmar Restaurant。
すこぶるうまい。どうもヤンゴン市内に数店舗あるようで、この写真は実際に行ったところではないが、大方こんな感じだ。
中はこうで、ミャン専門家のK師匠が鋭い選別眼でランチ用おかずを選んではる。頼もしいぞK師匠。どんどん頼んでください。
上は野菜炒めのような一品。東南アジアでは見かけない調理方法だな。少し油っぽいが、ごはんが進む。
これはカレー風。やはり油っぽいが、肉がとろけるように柔らかい。ジャガイモもいける。
こちら、野菜。これはラオス・カンボジアが懐かしくなる一品。
こういう料理に、本来であれば絶品ミャンマービールを飲みたいが、午後のアポを控えているので我慢しよう。しかしこのミャンマービール、これもまたうまい。やるじゃないか、ミャン国よ、と言いたい。
これはヤンゴンにある企業の工場にあったもの。20世紀前半に使われていた蒸気機関車を改造し、ボイラーにしたもの。よく見たら機関車の面影がめっちゃ残っとる。
ミャン国の電気事情はかなり悪く、ヤンゴンでも一日に4・5時間くらいしか通電しないのが当たり前だった。ところが、これが昨年末あたりからかなり良くなったという。それでも停電はまだ頻繁に起こるみたい。電気が来ないと自家発電せねばならず、その時はディーゼル発電機が一般的らしいが、このような機関車改めボイラーを発電用に使用している工場も多いようだ。蒸気機関車、なかなかリタイアできません。(なお、この工場の蒸気機関ボイラーはスチーム用で、発電には使用していなかった)
ミャンマーはその昔イギリスの植民地(英領ビルマ)だったので、植民地期に建てられた建物もまだ多く残っている。その一つがストランド(Strand)・ホテルだ。ミャンマーの最高級ホテルである。もちろんそこに泊まったことはないし、今後も予定はなさそうではある。今回は仕事の後、何人かでバーに行ってみた。
中身は重厚だ。ヤンゴン何とかというオリジナルカクテルを頼んだら結構おいしかった。
このように植民地期に作られ、いまだに超高級ホテルとして活躍しているものが東南アジアには多い。シンガポールのラッフルズ・ホテルもそうだし、ハノイのメトロポールもそうだ。もちろんこれらのホテルにも一回も泊まったことはない(バーにはそれぞれ行ったことがある)。が、共通しているのは、この植民地的な感じを色濃く残しているところだ。植民地にされた側から見たら、その時代は苦難の時代だったのだろうが、それを直接経験していない人たちにはこういうのがファッショナブルなのかもしれん。
ヤンゴン最大の市場といえばボージョー・アウンサン・マーケットだろう。つまり、アウンサン将軍市場。昔はスコット・マーケットとも言われていたらしい。
これが概観。ベトナムなどのマーケットとはやはり少し趣が異なる。
このように建物の外周を軒先の店舗が取り囲んでいる。こうしたあたりは東南アジアでも同じか。
中はこうだ。がらんとしとるね。金とか貴重な石とか織物・衣類が中心だ。あと闇両替屋。ミャン国は為替レートを固定しており、実質的に多重為替制度となっている。公定レート(1ドル6チャット)と実勢レート(2011年9月で1ドル745チャット)とレート間の乖離が著しいのだ。そのため闇両替屋の需要が生ずる。こうした市場をうろつくのはとても面白い。ただ、特に買いたいと思うものはないけどね。
アジアのどこに行っても屋台が発達していて、それをのぞいたりするのが楽しい。ヤンゴンでも同じだ。
これはよくあるミャン風カレーなどが並んだ料理。
これは付けダレに浸した肉類を揚げたもの。香ばしい匂いがたまらん。
これはムスリム(イスラム教徒)がたくさん住むエリアなので、おそらくハラル・フードだろう。
こういうの、中国とかにもありそうだ。
再びミャン国の通常料理。ごはん、何杯でもいける、という感じのおかずが並んでおるね。
ミャンマーと言うと、そこに行ったことのない人達は様々なイメージを抱くだろうが、実際には多くの普通の人たちが普通に生活を営んでいる。このようにおいしいものが道端で安く売られているというのも、東南アジアであればどこにでもある街角の風景で、ミャンマーもそういった意味ではやはり東南アジアなんだな。あたりまえのことだが、ニュース記事などだけで理解するミャンマーとは大きな違いがある。少なくとも、こういう「生きたミャンマー」像は描きづらいね。
ミャンマーは社会主義国ではないが、国がモノづくりに少しだけ参加している。工業省、というのがあるが、それが第一と第二に分かれている。それで、第一工業省は軽工業製品、第二工業省は自動車などの重工業製品を担当しているらしい。今回は第一工業省の作っているものをいくつか紹介したい。
まず、これが第一工業省のお店の様子。ええ感じや。
上は第一工業省ロンジー。左が女性物で、それは特にタメインと呼ぶらしい。この布地に直接貼り付けられている紙のラベルがイカシテいる、特に女性のタメインのほう。たまらず男もののロンジーを購入。しかし、いつどこではいたらよいかわからず、研究室で出番をうかがっておるよ。
これはラム酒。「マンダレー・ラム」と書いている。なんとなくラベルとか瓶がジョニー・ウォーカーをほうふつさせるが、気のせいだろう。
瓶の下に張り付いていたラベルをアップで。なるほど、Ministry of Industry (I)ってあるね。
これは第一工業省トイレット・ペーパー。このごわごわ感がやや恐ろしい。
そして、第一工業省特製石鹸。切り売り。赤のやつはまだしも、手前に陳列されておるこのこげ茶のような石鹸、ホンマに汚れを落としてくれるんか。少しだが疑いの目を向けたくなる。その上方で黄色い紙で包装された石鹸がえらく立派に見えるな。
これはリアルタイムで。このブログ、あまり政治・経済の内容には踏み込まないようにしているが、これはやはり言及しておかないと。今10月11日の夕方だけど、先ほどネット経由のニュースで知ったことだが、ミャンマー政府が「受刑者」6359人の釈放をすると発表したようだ。この「受刑者」の内容がよくわからないものの、これはとても大きい。この夏、現地で得た情報からこの動きをある程度予想してたが、それにしても3月の民政移管後の諸変化の本気度がかなり高いことが明らかだ。これはひょっとすると...今後のASEAN関係会議、特に2014年議長国へのアプローチなど、かなり注視していこう。あと、欧米、とりわけアメリカの動き。ポテンシャルの極めて高い国だけに、とてもエキサイティングだ。
朝の散歩時の一コマ。道端で生鮮食品を売っているあたりをうろついていたら、下の写真の中央あたりに写っている、風貌がインドなおじさんに「エッキュミー(エクスキューズミー、すなわち「ちょっとあんた」と言っている)」と声をかけられた。
なんですか、と聞いてみると、「ここの左側に並んでいるの、バーミーズ・チキ(チキン)だ。」という。「バーミーズ」というのは、ミャンマーの昔の国名ビルマ(Burma)から来てて、つまり「ビルマの(Burmese)」という意味。で、要するに、「ここにあるのはミャンマーの鶏で、とてもおいしいから買え」と言っている。値段はいくらなんだ、ということで「ハウ・マッチ?」と私。「1キロ、550チャット(70円くらい)」と。
正直それが安いのかどうかはわからんが、少し迷うふりをする。で、横にもチキンがあるのを発見。「このチキンは?」と聞くと、「こちらはシンガポー・チキ(シンガポール・チキン)だ」と。なるほど、バーミーズ・チキがガリガリに痩せているのに対し、こちらは丸々と太っとるな。鶏の体型は国の発展度に比例するのか。
ついでにこちらも「ハウ・マッチなんだ?」と聞くと「500チャットだ」という。へー、こちらのほうが安いのか。「で、どちらのほうがおいしいんだ?」と聞くとすかさず「オーイェス、シンガポー・チキ イズ ベター(そんなん、シンガポールのほうがうまいさ)」と。「は?でも、シンガポー・チキは500でバーミーズ・チキは550でしょう?」と確認。返答は「イェーッス、サー(旦那、そのとおりよ)」と。「で、おいしいのは安いシンガポー・チキ?」と聞くとまた「イェーッス、サー(旦那、そのとおりよ)」。まあ、味だけが値段の決め手ではないのかもしれないが、なにか、どこか少し間違っているような気がした。
ヤンゴンの街は緑が多く、きれい。癒しという要素があると思う。そういうあたりは、バンコクとかハノイとかホーチミンなどにはない。かろうじてラオスの首都ヴィエンチャンにあるかもしれないが、逆にヴィエンチャンは小さすぎて癒し以外に何もない、という感じだ。
この写真は市内にあるインヤー湖。朝のお散歩を皆さん楽しんでいらっしゃる。とてものどか。ロンジーという巻きスカートをはく人が多い。
上の写真は市の中心あたりの様子。そこそこ都会だ。
下界はこんな感じ。朝6時半ごろ。結構密集しているね、建物が。
すると、どこからか静かにお坊さん一行が出現。托鉢だ。托鉢はタイやラオスでも現役で、ひとびとの信仰の厚さが伺える。生きているアジアという気がする。
なんといってもモヒンガーというミャン国の麺料理がうまい。麺料理といっても、短く切ったソーメンのような麺状のものをレンゲでスープと一緒にすくって食べるというもの。
上の写真。視覚的にはアピール力がいまいちだが、味はピカイチ。スープは魚ベースで、サバ出汁らしい。少し発酵させているような香りがするが、そこがまたツボ。朝にいただく定番で、今回宿泊したホテルでも毎朝こればっかり食べていた。ほかには何もいらん、という感じ。上の写真はK氏に連れて行っていただいたモヒンガー有名店。激ウマ。
この写真は訪問したとある工場で、ちょっとした休憩時間に労働者がモヒンガー屋台に殺到している様子。一杯100チャット(10円程度)ということ。今すぐ食べたい。
このモヒンガーも、だれか大学の正門の前あたりで店、出してくれへんかな。これとベトナムサンドイッチ。夢だな。
ヤンゴン。今回のホテルは、同行した研究者K様の提案によりPark Royalというところにしてみた。これはコーポレート・レート適用で75ドル前後だったと記憶している。朝食付きでこの価格は、ミャンマーの所得水準からいえば高いのかもしれないが、ホテルの水準を鑑み、国際的にみた場合はかなりリーズナブルだ。
立地もヤンゴン市中心部にあり、設備も整っている。私はホテルは多少狭かったりボロかったりしても良いので、人のたくさんいるあたりに立地してほしいというタイプ。人里離れた森の中で優雅にというのには、今のところ興味がない。その点、このホテルは素晴らしい。
部屋もきれい。同行の研究者K氏の部屋では、シャワーを浴びるとなぜかシャワーの周辺から少し離れたあたり、特に便器周辺が水浸しになるとおっしゃっていたが、そうした気色悪いことも小職の部屋では起きず、いたって快適だった。また、驚くのはかなりの確率でネットがつながることだ。これはホテル固有の事情もあるかもしれないが、ヤンゴン市内全体のネット環境がよくなっているということかもしれない。メールもわりと使えたし。
今回のこのホテル、在ヤンゴンの某機関に予約を入れてもらったのだが、いろいろと頑張ってようやく部屋が確保できたとのこと(どのように「頑張った」のかは知らん)。つまり、今海外からの訪問者が急増しており、どのホテルも空き部屋がないのだと。その多くは観光客ではなく、ビジネスの機会を探って来ている人たちらしい。なんか、ホント、変化するんじゃないのか、この国。期待感は募る。
タイから帰国し、全く落ち着く間もなく今度はミャンマーへ。今回で3回目の訪緬だ。ミャンマーと聞いてどこにある国なのかわからない人も多いと思うが、タイの西側、バングラデシュ・インドの東側のあたりだ。北は中国国境と接している。1989年まではビルマという国名が用いられていた。
初めてミャンマーへ行ったのは2008年5月で、その滞在中にNargisという大サイクロンに遭遇。このサイクロン、最大都市ヤンゴン(首都はネーピードー)とその南のイラワジ川河口(エーヤワディー管区)を直撃し、14万人超ともいわれる死者を出した大惨事となった。そのために帰国も何日か伸びたりしたが、その時以来大好きな国の一つとなった。基本的に、そこに住む人の「人の好さ」に惹かれたとでもいうか。
今回は関空からハノイ経由でベトナム航空便でヤンゴンへ行く。
ヤンゴン空港に着いたところ。雨季なのでどんよりとしているが、気持ちは高ぶっている。
ヤンゴン空港。昨年も同じ時期にミャンマーに来たが、そのころはまだ名実ともに「軍事政権」だった。それが昨年(2010年)11月の総選挙を経て今年の3月に新政府が成立し、原則として民政移管を果たしたのである。国名もミャンマー連邦(Union of Myanmar)からミャンマー共和国連邦(Republic of the Union of Myanmar)に変わったし、知らない間に国旗も変わっていた。何もかもが新しく動き出しそうな雰囲気がいっぱい。かなり楽しみな調査である。
バンコクには世界で3番目に大きな国連施設がある。UN ESCAP(United Nations Economic and Social Commission for Asia and the Pacific)と言って、アジア太平洋経済社会委員会という本部事務局の出先機関のようなものが入っている建物がそうだ。一番大きい国連施設はニューヨークにあり、二番目のものはジュネーブにある。で、バンコクのESCAPビルはその次らしい。
上の写真はESCAPの会議場ビル。この建物の後ろに15階建ての事務局ビルがあり、ESCAP以外にも国連の専門機関と呼ばれる組織のタイ・オフィスが入居している。たとえば、国連開発計画(UNDP)とか、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)とか、国際労働機関(ILO)とか、国連環境計画(UNEP)とか。また、多くの組織ではタイオフィスのみならず、アジア太平洋を総括するような大きな部署を置くこともある。私もそういう組織の地域総局の一職員としてここで数年働いていた。
なかは事務所のほかに、会議場が数多くある。上のは小さな会議室。同時通訳ブースなどもあり、この辺は国際機関らしいといえる。
これは中くらいの会議場。これだと100人以上は入るね。なかなかしゃれたつくりだ。
これはカフェテリア。昔あった場所から2年ほど前に移動。ここではタイ料理もあるが、洋食もわりとある。場所はちょっとこぎれいだが、味的にはふつう。このカフェテリア以外にも、よりタイ色の強いカンティーンがあり、そこはタイ料理一色。街中の食堂とほぼ同じで、料金も安く、タイ料理もおいしいため、ここで勤務していたころはどちらかといえばそっちを利用するほうが多かった。が、今回は連れがいたので、このきれいなところでお食事。なんか見たことのある人もいたりするが、だれなのかは全く思い出せない。
2週間弱に及んだベトナム調査から帰国。ちなみにこのブログの記事内容がリアルタイムでないことも多く、その場合は1週間から1か月程度のずれがあります。実際に今、これを書いているのは9月の半ばで、大学の夏休みも終わり授業が始まりつつある。また、ネタを一気に書き溜めておいて、公開日時を少し先に設定したりしているので、記事内容と「今」が必ずしも合っていない可能性が高いことをご了承ください。
それで、帰国してみたら、日本の暑さにびっくり。赤道により近いベトナム・ホーチミン市よりジャパンの方が暑いというのはどういうことか。
帰国していろいろとやることが山積み。まずは大学で使用しているメインのパソコン、これがベトナム出張直前に壊れたせいで(ハードディスク不良)、次の調査に必要な過去のデータやらをどこかのバックアップドライブから探し当てて別パソコンに入れたりなど。あと、恒例のサマー(ビア)パーティー。これは大学のゼミ生を巻き込んでの一大事業で、我が子供たちもとても楽しみにしているが妻は準備等で疲れ切る、というイベント。今年は自分たちも入れて20名。妻、お疲れさまでございます。
でも、なんか日本の夏ってどこかいいよね。蝉のあのうるさい声もね。
ベトナムは共産党政権による社会主義国家である。20数年前まではソ連を筆頭にこうした社会主義国家が多数存在したが、現在ではベトナムのほかに中国、ラオス、北朝鮮とキューバの5か国のみとなった。これらの国々でも、北朝鮮を除けば経済面では市場経済化しているのが実情である。しかし、それでもやはり社会主義国家としては社会主義的スローガンを掲げて民に示しておく必要があるのだろう。昔よりは少なくなったものの、まださがせば街中でプロパガンダ系看板を見ることができる。
上の看板群。この看板に描かれている労働者たち、いかにも勤勉なプロレタリアートというイメージだ。あとはホーチミン主席もよく登場する。スローガンでは「大団結」とか「国家建設」とか「文明」というのがよく出てくる単語。こういう看板を見て、今の若いベトナム人は何を思うのだろう。いや、何も思わないのかな。
ホーチミン市やハノイといった大都市の移動といえばタクシー。これが便利。カンボジアの首都プノンペンやラオスのヴィエンチャンあたりになると、このような料金メーター付きタクシーがほとんどなく、結局料金交渉制のトゥクトゥクを利用することとなるが、こういうタクシーが普及するとほんと、移動が便利だ。
これはMai Linh社のタクシー。かなりの大手。昔は料金メーター付きのタクシーでも、実際にはメーターを使わずに運転手と料金交渉をしなければならなかったり(メーターで乗るよりも高い料金を言ってくる)、メーターに細工がされてあって料金が急速に上がる悪質なものもかなりあったりした。そのため、タクシー会社でタクシーを選んだりしないといけなかったが、最近はそうしたこともなくなってきたのではと思う。利用しやすくなった。
ただし、タクシードライバーにはあまり道を知らない人も多い。タイのタクシードライバーよりましだが、よく途中で道端の人に道順を聞いたりしている。上の写真、これも(私の携帯で)訪問先の人に道案内をしてもらっている様子。
ホーチミン市タンビン区にあるタンビン市場。これはベトナムで最大の軽工業製品(主に繊維製品)の集散地だと考えられている。
この写真はタンビン市場の横のゲート。正面は大きな建物となっていて、今回は写真を撮り忘れた。ここへはベトナム各地から商人が買い付けに来ていて、いつもにぎわっている。お土産のようなものはほぼおいていないので、観光客はゼロだ。
このように商品を袋詰めにして仕入している。それにしても相変わらず暑いし埃っぽい。
今から10年ほど前はこういうところで途上国流通の調査をして、かなり入り込んだこともあった。店主の代わりに店番をして生地を売ったこともあったし。途上国での現地調査というのはホント、体力勝負というところもある。あと気合い。それと根性も。
友人のヒエンと夕ご飯を食べることに。ヒエンとはもう10年来の付き合いで、年もほとんど同じ。彼はホーチミン市経済大学の講師。ホーチミン市経済大学というのは国立の大学で、ハノイの国民経済大学とともに経済系ではベトナム最高峰といわれている。で、この日は娘さんを連れてくるという。
どこ行く?ということになって、ヒエンの希望で日本食(お寿司)を食べに行くことに。ホーチミン市には日本食やが結構たくさんある。彼の娘のメナンちゃんが寿司好きという。
この写真。親子のとっても良い感じが出ている。メナンちゃん、お寿司の中でもサーモンが特にお気に入りのよう。パクパク食べてた。かわいい。自分の娘を思い出し、ちょっと泣きそうになる。
帰り、仲良し父娘は原付に二人乗りで帰って行った。こういうの、とってもよいね。
ベトナムの主要な輸出産品にコーヒー豆がある。主にインスタントコーヒーなどに用いられるロブスタ種の輸出では世界で第二位である。コーヒーはおそらくフランス植民地時代にフランス人が持ち込んだものだと思うが、こちらではかなり前からコーヒーを飲む習慣があったようだ。
そうしたコーヒーを出すカフェに、最近スターバックスをよりおしゃれにしたようなチェーンが出始めている。このHighlands Coffeeといのがその最大手の一つだろう。
これはホーチミン市のオペラ座の裏にあるHighlands Coffee。
ここは大体どこの店舗でもWifiが無料で利用でき、ネットに接続できることから仕事をするのにも向いている。コーヒー代は日本のカフェに迫るものがあるが、ちょっと雰囲気を変えて仕事をしたいときとかメールをチェックしたいときにはよい。私はよく利用する。
ベトナムの大都市の交通渋滞が問題となっている。ハノイとホーチミン市は特にひどい。何がひどいってバイクの数。これに自動車も増えてきたから、様相はカオスと化している。
これは今回泊まったホテルの前のとおり。特に目抜き通りでもないのに、このありさま。通勤時間帯になると、こんな感じになってしまう。
これはタクシーに乗ってどこかに向かっているときの様子。何人かはねずに目的地にたどり着くのはほとんど奇跡的といってよい。タイの交通渋滞もひどいが、あそこは車が主役。このようにバイクの洪水の中に閉じ込められるというイメージではないね。
今、ホーチミン市では地下鉄の建設が計画されているが、そういうものができればこの状況は幾分か和らぐかもしれない。バンコクでも高架鉄道(BTS)や地下鉄がそういう役割を果たしたし。
ホーチミン市にはいろいろな市場があるが、これもその一つ、Ben Thanh市場。ここはその中心部に位置していて、最も観光化された市場でもある。
上はその正面ゲートの写真。ベトナム観光のガイドブックには必ず載っていて、観光客も多い。ただ完全に観光用の市場にはなっておらず、この辺の衣類・家庭用品および食材を中心とした日常生活雑貨の集散市場としての機能も果たしている。
これは入口。他の市場と比較するととてもきれい。
中はこのような感じ。これは市場の「目抜き通り」のような通路で、この両脇に細い通路が幾筋も通っていて、そこに小さなお店がひしめき合っている。エアコンなどはないので暑くて埃っぽいこともあるが、やはり他の市場と比較すると群を抜いてきれいである。
で、この「目抜き通り」をどんどん進んでいくと食堂コーナーが出現する。私はここで食べるベトナム風バーベキュー・ポークが好きで、特に買いものの用事がなくてもこの市場に来る。
あまり外国人がここで食事をしているという風景を見ることはないが、このガチャガチャと騒がしい中で食べると、ベトナムに来たんだな、と思う。
お気に入りのベトナム風バーベキュー・ポーク。このニョクマム(魚醤)のつけダレが天国の味だ。
前に良いホテルの条件に近くにおいしい食堂があることと書いた気がする。今回泊まっているホテルの近くにも結構ある。
これはホテルからあるいて20秒のところにある食堂。初日から気になっていた。いつも昼飯時になるとものすごく混んでいて、「良い食堂」というオーラが満々だ。こういうところは12時に行くと殺人的に混んでいるか、おかずがなくなっているかなので、少し早目に行けるときに行ってみた。
上が頼んだもの。おかず二品のせているので、27000ドン。約100円。これにスープがついてくる。おかず一品だと19000ドン。70円弱かな。これでも日本基準からすれば安いけど、現地感覚からすればホント、高くなった。物価高、特に食事代の高騰は東南アジアで共通の現象だと実感。肝心の味のほうは見かけより100倍うまく、満足。
ベトナムの古からの(?)乗り物といえばシクロだろう。自転車タクシーとでもいうのかな。初めてベトに来たときはハノイでもホーチミン市でもたくさん走っていた。こちらの人たちは、通常の移動手段というよりは、どちらかというと大量の荷物を運んだりするときに利用しているようだ。私も過去には何度か乗ったことがある。しかし、最近このシクロが激減している。特にホーチミン市の第1区をはじめとした中心部。
上の道路標識。シクロとか荷台を付けたバイクの走行を禁止としている。その下のベトナム語は、直訳すれば「各種三輪車および手軽な(もしくは粗雑な)四輪荷物運搬車禁止」と書いてある。「粗雑な」というのが主観的でよくわからないが、とにかくシクロも三輪車なので、この道路は走れないということだ。確かにシクロは基本的に自転車なのでスピードが遅く、すでにひどい交通渋滞をさらに悪化させることは明らかだ。それと、客は前に乗るので、自動車やバイクが疾走する道路で事故ると、まずは客から先に犠牲になるという側面もあり、危ないことも否めない。こういうのも時代の変化の一つの象徴なのだろうが、失われていく古いベトナムでもある。
シクロ・ドライバー食事中。このおじさんに中華街(ホーチミン市第5・6区、いわゆるチョ・ロン Cho Lon)まで行かないかとしつこく付きまとわれたが、断り続けたらあきらめて弁当を食べだした。そこを逆にパチリと。
再度ベトナムワイン。これもそのスーパーで売られているベト産では最も高いもの(でも500円強)。Excellenceという銘柄。
カベルネ・ソービニョンとメルロのブレンドものはよくある組み合わせ。このワインはしかし、あまりおいしくなかった。前回の同じダラットさんのほうがイケた。こちらは酸味ばかりが強調されていて、個人的には合わないというか。難しいね、ワイン。
ついでにビールもアップ。これはベトナムを代表する「333」ビール。3はベト語で「バー」というので、「バーバーバー」といえばこれが出てくる。これはまあまあ。日本で飲むとそんなにおいしくないが、かの地で飲むとおいしい。
あとはこれ。これは私も初めて。スーパーにあったので買ってみた。
Ben Thanh Goldとある。これはなんかアルコール食の強い味で、そんなに好きにはなれない一品だった。ビールもまた意外に難しい。が、汗だくで仕事から帰って来てシャワーを浴びて飲むビールは大体なんでもうまいね。
ベトナムはフランスの植民地だったせいか、フランスパンがすっかりロー カル文化として定着している。道端でも普通に売っているし、安くておいしい。で、このフランスパンを使ったベトナムサンド(バイン・ミー、Banh mi)がすこぶるうまい。最近ハマっている。
これはニュー・ランというこの辺では超有名なベーカリー。パン以外にも自家製ハムやソーセージ、パテなどを売っていて、いついっても客でごった返している。ここのバイン・ミーがものすごくおいしい。
で、仕事の合間にバイン・ミーを購入、ランチに。
中にはハム、パテなどの肉類に、ふんだんの野菜が入っている。それと特製ベトナム・ピクルスにニョクマム(魚醤)ベースの特製調味料(タレ)。このタレがカギなのかな。とにかくうまい。これで2万ドン(70円くらい)。誰か大学の近くで発売してくれへんかな。そしたら週3で食べるけど。
ホーチミン市に来たら必ず行くところが平民食堂以外にも数カ所ある。その一つがここ。
これは統計総局のホーチミン支局だ。研究上、統計資料がないと話にならないので、ここへは毎回立ち寄り資料を購入している。
この支局の少し入り組んだところに資料販売所のようなところがある。ここでとりあえず①全国の統計年鑑、②ホーチミン市の詳細な統計年鑑、そして③事業所統計を購入している。が、この3つのものが同時にそろったためしがない。そのため、ハノイに行ったときにも不足分を同様なところで補わなければならない。今回は②の最新版(2010)しかなかった。
上がそのホーチミン市の統計年鑑。これを収集し始めて7年くらいになるが、実は1975年のベトナム戦争終結後(こちらでは「解放」後という)のものから、コピーではあるが私の大学研究室にそこそこ揃っている。もちろん毎年のものはないが、1975年から現在までのトレンドを追うだけであれば(データの信憑性には大きな問題があったとしても)問題ない程度のシリーズを所蔵している。ホーチミン市の統計年鑑をこれだけ集めているのは、大学や研究所の図書館を含めておそらく日本で私くらいかもしれないが、これはホーチミン市経済大学に勤務する友人が強引に同大学図書館所蔵のものを持ち出してコピーしてくれたおかげだ。はたから見たらきわめてオタクでどうでもよい話なのだろうが、こういうあたりが研究者として「自分をほめてあげたい」と思う瞬間なのだ。あれ、どう書いてみてもやはり「風変わりな趣味の持ち主」としか聞こえない。
Com binh dan(ベトナム北部ではコム・ビン・ザン、南部でコム・ビン・ヤン)というのは、直訳すれば「平民食堂」。日本でベトナム料理といえば生春巻きとかフォーくらいしか知られていないが、実際にはバラエティーがとても豊富で、ハノイとホーチミン市では料理の種類も味付けも異なるくらい地域色も強い。外国人観光客を相手にした高級なレストランでいただくベトナム料理もおいしいが、なんといっても地元の人たちがいくところが一番うまい。そういう人たちが普段利用するのが、このコム・ビン・ザンだ。10年以上ベトナムに出入りしていると、自分のお気にいりのところもいくつかできる。そして、ベトナムを訪問するたびにそういうところを順繰りに巡ったりするのである。
これはホーチミン市の中心部にあるビンザン。ベトナム人から教わり、ここへ初めてきたのは2001年の8月だ。長期滞在していたころは、週に4回くらい来たこともある。それほどのお気に入り。
このビンザンにもいろいろとあるが、ここはまずとてもきれい。その分、少しだけ値段は高めだが、といってもかなり安い。上のようにいろいろと料理が並んでおり、そこから好きなものを適当に頼む。
今日の夕食。小さなイカにひき肉を詰めてトマトでピリ辛に煮込んだものと、牛肉のトマト煮。トマトでかぶってしまったが、なぜかそういうコンビネーションで選んでしまった。それとカイン(canh)とよばれる薄味のスープとご飯、あとは仕事の後のビール。なおこのカインというスープ、こちらの人たちは最後にご飯にかけて「ネコまんま」のようにして食べている。またどの卓にもライムと唐辛子が置かれていて、これは好みに応じて入れればよい。ここの店は何を食べても外れることはないが、とりわけこのイカの肉詰めがおいしい。近年の急速な物価上昇のあおりを食らってここの食事代も急速に高くなっているが、それでもこれだけ食べてビールも飲んで250円くらいだった。
あとはお勘定を頼む。Chi oi! Tinh tien nhe!(お姉さん、お勘定!)といえば、なじみのお姉さん(おばちゃん)が来て素早く計算をする。このお姉さん、私より10歳くらい年上で、その妹と一緒に店を切り盛りしている。全く抜け目がないという感じで、いつもクールで特に話しかけてきたりもしないが、仕事の関係の人なんかをたまに数人連れて来たりした時にはさりげなくヨーグルトのデザートをサービスしてくれたりする。また、本当に久しぶりに行ったりすると、「久しぶりね」とか言ってきたりもする。なかなか粋なおばちゃんなのである。
本日は今回のベトナム滞在中に飲んだワイン。ダラット(Da Lat)という日本で言えば軽井沢みたいな高原の避暑地がベトナムにあるが(まだ行ったことがない)、そこのもの。ベトナムでワイン生産は特に盛んではないが、ベトナムのワインといえばダラットである。ベトナムは昔フランス領だったからフランスパンと同様にワインもうまいのかな、などと期待して何度か飲んだが、「まずくて飲めない」とは思わなくても「驚くほどおいしい」とも感じなかった。今回は地元のスーパーで二番目に高いものを飲んでみる。12万5千ドン、約500円弱。一番高いものはまた次回に報告。
これ、ラベルを見てみるとChateau Bouscaillousと書いてある。これはフランスのGaillacという地域のワイナリーで、そこと一緒にダラットでワインを作った、というようなことが裏に書いてあった。
飲んでみると、案外いける。これまで飲んだダラットワインは薄かったり酸味しか感じられなかったりしたが、これはそこそこ。ただ、だからといって数本買いこむというものでもないな、と。全体的に薄味で、どこかインパクトがないという印象。味わう「ポイント」がうまくつかめないまま終わってしまうという感じだろうか。
結局ブドウ種(これは確かCabernet SauvignonとMerlotのブレンド)とか技術を本場から持ち込んでも、ワインの味はその他の要因がより強く影響するのだというのを改めて実感した。よくワインの味はmicro climateを反映するという。つまり、ブドウはその土地、その畑の環境を構成するすべての要素を繊細に吸収し、ワインの味を作り上げるというような意味。畑の近くに野イチゴが咲いていれば、それがワインからも感じられるというようなもの。だから同じワイナリーでブドウ種も同じでも、畑が少し離れたところにあれば同じヴィンテージ(年)のものでも驚くほど味が違うこともあるそうだ。そういう意味でワインはまさにその土地それぞれの「風土」を味わう飲み物でもあるのだ。そう思うと、なんか楽しい。
ホーチミン市には昔フランスの植民地だったころに建てられたコロニアル(植民地風)な建物が多いし、そこまで頑張らなくてもなんとなく素敵な建物がたくさんある。こうしたものも、最近の急な経済発展のあおりを喰らって取り潰され、近代的なビルに変貌しつつある。
これは観光名所にもなっているサイゴン大教会(聖母マリア教会)。19世紀末くらいに建てられたという。周りはバイクなどで騒々しいが、中に入ると一気に静かに。静謐、という感じ。ヨーロッパの教会と比べると、中はかなり質素な作りになっているが、そこが逆に好印象。
これは教会の近くの一角。ヨーロッパっぽいところがあるね。そういえば、ホーチミン市の中心部はフランス人が設計したせいか知らないけど、歩道がしっかりと設けられていて、街歩きがしやすい。ここらへんはバンコクなどと大きく異なるところだ(バンコクは歩道が狭く、ガタガタしていてきわめて歩きづらい)。
ホーチミン市で調査をするときには、いつも決まったホテルに泊まることが多かった。そのホテルに初めて泊まったのは2002年で、その時は一か月も滞在した。ホーチミン市には多くのホテルがあり、いまちょっと思い出しただけでも、同市でこれまでに8つの異なるホテルに泊まったことがある。その中でその常宿ホテルは、非常に便利な場所にありながら部屋代がとても安く、またホテルの従業員が信頼できてとてもフレンドリーという理想的なホテルだったのである。また、融通もよく利いた。たとえば、急にバスが必要だとかいうと、2時間後には運転手つきでチャーターできたりしたのである。こんなことから、特に理由がない限りは自動的にそこに泊まるようにしていた。が、今回はどうしても他のホテルも試したくなったのだ。
それでこれが今回の宿。実は以前からちょっと目をつけていた。このホテルについては、共同研究で一緒によく仕事をするイギリス人研究者からも良い評判を聞いていたし、なんとなくこの前を通るたびに何か「オレを呼んでいる」というような気配を強く感じた、とでもいうのだろうか。要するに「いつかは泊まってみなきゃ」、と特に根拠もないが強く思っていたのである。部屋にはいろいろなレベルのものがあるが、今回は上の下くらいのランクの部屋にしてみた。つまり、ちゃんと窓があり、部屋で仕事をしていても息苦しくならない程度の広さのある部屋を予約した。で、泊まってみたら、とてもよい。
これが部屋。ベッドが異常にデカい。タテよりもヨコのほうが長いのは、ひそかにシングルベッドを二つくっつけて作ったダブルベッドだからだ。大きな窓がついていて、ブラインドを開けたまま外出して部屋に帰ってくると、3分で意識を失いそうなになるほど部屋が暑くなるという小さな欠点があるが(日当たりがとても良いのだが、そうなると部屋全体を急速冷凍する勢いでエアコンを全開にしなければならない)、そこさえ気を付ければとても快適だ。この部屋からの眺めも、ものすごいスピードで近代化しているホーチミン市のスカイラインがきれいに見えて、飽きない。
これが部屋からの眺め。しかしこうして改めて見てみると、初めてホーチミン市に来た11年前(2000年)と比べるとまるで別の町であるかのように変化が著しいことに気付く。端的に言うと、高層ビルがものすごく増えた。ベトナムの経済発展のすごさをよく表しているが、同時に失われていく懐かしい街並みが恋しくもなる。これもおそらく「時折訪れる旅人」的ノスタルジーで、現地の人々には大歓迎なのだろうが、なんかね、ちょっとさみしい気もする。
1年ぶりのベトナム。今回はJAL便で、わけあって東京(成田)経由で行くことに。考えてみたら成田からベトナムへJALで行くのは初めて。いつもは関空から乗るが、いずれにせよベトナム航空を利用するほうが多いかな。そして、成田のJALラウンジに入るのも(たぶん)初めて。
チケットはエコノミーだが、「頻繁に飛ぶ客」なのでラウンジが使える。で、成田のJALラウンジ(サクラ)に入って大いに驚く。その大きさもさることながら、「ダイニング・バーカウンター」というのがラウンジの上の階にある。行ってみると、いろいろな食事が用意されているし、普通にバーカウンターがある。早速みんなが食べている「特製カレー」を食てみる。おいしい。売っても評判になるだろうな、などと考えながらビールとともにいただく。
バーカウンターにはバーテンダーがいて、いろいろと作ってくれる。ただそのバーテンさん、昼過ぎだというのにすでに泥酔に近い女性客に絡まれていて「助けてくれ」オーラを満開にしていたね。あの女性客、あの後無事に飛行機に乗れたのだろうか。
この前の台湾出張、本来であれば関空からの直行便のほうが時間的にも節約できてよいのだが、いろいろと事情があり東京の羽田発で行った。その帰り、羽田空港に隣接した羽田エクセル東急ホテルに泊まった。ここのホテルに泊まるのはこの日で3回目だったが、ホント近い。
これは私の部屋からの眺め。見えているのはANAのある国内線第2ターミナル。あそこで皆チェックインとかしている。
これがホテルの正面玄関。そこを出たらチェックインカウンターだ。便利このうえない。
しかし、JAL便の場合は注意が必要だ。JALはターミナルが異なるので、ここから無料の循環バスに乗ったりする必要があり、案外時間がかかるのだ。一度ホテルに泊まった翌朝、JALの始発の便に乗らないといけなかったが、すぐ近くだからとタカをくくって乗り遅れそうになったことがある。
李登輝総統と会い、あとは財界の人とも会い(この方も戦前生まれで、日本の慶應義塾大学卒業。日本語がとても流暢で上品。再び聞き惚れる)、実りある訪台だった。後は空いた時間に観光。
まず訪問したのが「士林官邸」。ここも日本統治時代に作られた建物だが、戦後に接収され、その後中国大陸から蒋介石率いる国民党が台湾に逃げてきた時以来に総統の公邸として使われていたらしい。なかなか趣のあるもの。蒋介石とその家族が使用したであろう食卓などが展示されてあったりと、台湾史に疎くても想像力をかきたてられる。ひょっとして私、歴史が好きなのかな。そういう方面に将来、研究の方向性を少し持っていってもいい気がした。
その後は「史烈祠」という、戦争で命を落とした英霊たちが祀られているところを訪問。
ここの門は台湾の陸・海・空軍によって順繰りに警備されており、イギリスのバッキンガム宮殿張りの衛兵交代の儀式がある。ちょうどその時間帯だったので見物した。この日のお当番は空軍だろうか。全体の雰囲気は厳かだが、動きがややコミカルな感じがした。
微動だにしない。これは疲れるだろうね。
これが本堂(?)。多くの人の名前が刻まれた碑があるが、中には日本人の名前も。日本でいえば靖国神社に当たるものなのだろうな。
あとは食事。これはさすがに日本を代表する台湾政治研究者も同行していたり、現地に潜んで研究したりしている人たちもいたため、とびきりおいしいお店ばかりに連れて行っていただいた。上はランチの様子(ほぼ終わりかけ)。全ての日程が終わり、あとは飛行機に乗るだけという前のランチなので、ビールが進む(そうでなくてもビールは進むが)。あっという間の訪台だった。
台北には、日本の植民地時代に日本が作った(作らせた?)建物がまだ多く残っている。そのほとんどがとても重厚なもので、今の時代で作ろうと思えばとても高くつきそうなものが多い。
上の写真は昔は逓信省(郵政省のようなもの)として戦前の日本時代に作られたもの。とても立派な建物。現在は国史館ということで、主に外交文書などの資料を保管する国の施設になっている。ここで一定の手続きを経れば、台湾の外交文書が閲覧できる。もちろん直近のモノはだめだが、20年(だったか、正確な年数は忘れた)くらい経ったものはOKというような。ここに入り込んで史料を読解したりしている日本人研究者がいて、彼がこの財団の研究会一行をぜひ招待したいということで、そこへ行ってきた。これが、門外漢の私でも相当楽しかった。なるほど、外交文書は機密文書が多いが、一定の年数を経ればほとんど公開されるもんなんだな、と感心。公開のレベルもいろいろあり、外部のネットからアクセスできるものと、館内のパソコンからアクセスし、プリントアウトできるものと、館内のパソコンからアクセスできるがプリント・写真が禁止で手で書き写さなければならないものなど、いろいろある。で、台湾は世界の中でも、もっとも外交文書の公開が進んでいるそうだ。
上の写真は旧日本総督府。日本時代に台湾統治のトップをつかさどるために東京が派遣する台湾総督、その官邸。現在は総統府となっている。言ってみればアメリカのホワイトハウスだろう。われわれが会った李登輝総統もここで10数年台湾を統治していたのだ。建物はとても荘厳で、これが作られた1930年代では日本にもこうした立派な西洋建築物がなく、東京から台北に来た役人などもドギモを抜かれたらしい。それほど立派。なお、この写真は総統府を裏から撮ったもの。ただし、台北も近代都市なので、こうしたノスタルジックな建物ばかりではない。
台北の町の一般的な様子は下記のようなものが中心。
なんかまるで東京の新橋の辺りみたいだ。
セブンイレブンに吉野家って、これホント、日本のような感じです。不思議とあまり外国に来た気がしない、と思っていたが、このような町の作りにもその要因があるのかもしれん。
先月、2泊3日で台湾(台北)に行ってきた。某財団の研究会で。最後に台湾に行ったのがまだサラリーマンだったころの1995年だったと記憶しているので、実に16年ぶりだ。大学の研究者が7名、財団事務局が2名。あと、現地ですでに長いこと調査で入っている研究者がいるので、彼がロジなどをやってくれていた。
今回は、李登輝元総統に会いに行くという趣旨のツアー。李登輝氏の「親しい友人」というのが研究会のメンバー(オブザーバー)におり(どんな研究会やねん..)、アポなどのアレンジもすごく簡単に決まったらしい。このような事情から同研究会メンバーにはかなり「お偉い方」もいらっしゃるので、そこそこ格式の高いホテルにしなければならないということらしく、台北でも屈指の高級ホテル「リージェント・台北」に宿泊。下が部屋。こう広くて高級だと少しソワソワしてしまい、とりあえずそこら中の電気をつけてみたりする。意味はない。
このようなホテルに泊まることもたまにはあるが、東南アジアで数週間にわたり現地調査をする場合は大体一泊40ドル前後の中ランクのホテルに泊まることが多い。基本的に昼間は出歩いているし、夜帰ると疲れきっていてすぐに寝てしまう。部屋が高級かどうかよりは、現実的にインターネットに(無料で)接続できる環境があったほうが便利だし、そこがホテル選びでは案外重要なポイントともなる。あとはセキュリティーがそこそこ確保されていて、気の利くスタッフがいるホテルが良い。そして徒歩圏内においしい食堂などがあったりすること。これも重要。
ところで李登輝氏といえば、台湾で初めて民主的な手続きによって選ばれた、これまた初の台湾出身の総統ということで、歴代総統の中でも蒋介石と並んで内外ともに最も知られた人だろう。この李登輝総統、1923年生まれということで今年87歳くらいだが、ものすごく矍鑠(かくしゃく)とされており、半端ないオーラが出ていた。彼は旧京都帝国大学の出身で、「私は22歳まで日本人でした」とおっしゃるほど。戦前の台湾といえば、日本が日清戦争勝利で中国の清朝より割譲を受けてからの植民地だったということもあり、日本の支配下にあったのでということだろう。今でも日本語がとても流暢。台湾の年配の知識人には、今の日本人が忘れてしまった本当に品のある、綺麗な日本語を話す方が多い。聞き惚れてしまう。
李登輝総統との面談は3時間に及ぶ長いものとなったが、最後に総統のご著書(『台湾の主張』)をいただいた。帰りの飛行機で読んだが、なかなか読みごたえのある面白いものだった。また、帰り際にツーショット写真も撮っていただいたが、それは匿名性の観点から残念ながら当サイトにアップできません。
(部屋からの眺め)
先日、彦根へ一泊で家族旅行に行ってきた。彦根は琵琶湖を挟んで実家のある大津市の対岸だが、今から30年近く前に一度行ったきり。まずは彦根城へ。ゆるきゃらブームの火付け役の一人、ひこにゃんには会えず。
その後、夢京極キャッスルロードなるおしゃれ商店街のようなところでお茶。その夢キャッスルロード、気合を入れて景観統一を図っていて、なかなかの雰囲気。
昔ながらの日本家屋スタイルで店は統一されていて、けばけばしい看板もなく、落ち着いた風情。この徹底振りが良い。
これは関西アーバン銀行という関西圏を中心に展開した地銀だが、この外面。「両替商」という看板も、ここまでくればご立派だ。
町おこしの一つのアイデアとしては良いよね。
ワインばかりでなく、たまにはビールも。というか、普段こちらのほうが飲んでるし。
これはベルギーのChimayビール。修道院で作られるもので、アルコール度数が7度あるというもの。これ以外にもいくつか違う色のラベルものがあり、アルコール度数もより高くなる。こういうビールって、ゴクゴクゴクと喉を鳴らしながら飲むというよりは、ゆっくりと時間をかけてたしなむというほうが正しそうな気がする。このシメイ・ビール専用のグラスも、今回は特別についてきたが、これに入れるとより一層そんな感じがしてくる。味としてはやはりとても濃厚で、突然何か哲学的なことを考えたくもなる、そういう一品。このような少しこだわった風変わりビール、私はとても好きなので、興味をひくものに出合えば買って試してみたりする。
これはフランスのヴァン・ド・ペイ(Vin de Pays)というカテゴリーのワイン。テーブルワインよりは各上だが、普段着的なワインというか。大体価格帯も低めのものが多く(これは600円ちょっと)、味もそれなりという感じだったが、この一本は明らかにおいしい。Le Jamellesというワイナリーのもので、オックという地中海に面した南仏産だ。今までこの種類のワインは飲んだことがなかったが、やはりいろいろと試してみるのは重要だと実感。
明石の話の続きを少々。この前アップした料理屋でランチをとる前、当然明石のド定番の「明石焼き」も食していた。明石焼きの店がこれほどあって、競合してつぶれたりしないのかというくらい明石焼きの店があった。中には「玉子焼き」という看板で明石焼きを売っていた店もあるが、地元では明石焼きのことを玉子焼きというのかもしれん。
で、あまりにも明石焼きの店が多くて目移りするので、とりあえずジモティーの通行人が「この店が一番うまいと思うわぁ」と言及していたのを盗み聞きし、その店に入ってみた。この店、明石焼き一本でいっていて、玄人受けしそうな質素な店構え。ただ、待っている人はいなかったものの、全席ほぼお客さんで埋まっていて、皆がそれぞれ明石焼きを食べるのに集中しているという圧巻の光景だった。
焼いているところを見ると、タコ焼き製造現場とそんなに違わない。
上が明石焼き(玉子焼き)。15個600円というのがどうも相場らしい。周りを見ると、これを一人で食べている。われわれは明石焼き素人なので、そんなに食べられるかわからないなどと考え、結局4人で1人前を分けようということに。だが、食べてみると、これは大阪方面で言うタコ焼きとは似て非なるものということが分かった。もちろん外見上、ソースがかかっていないとか横のお椀に入っているだし汁につける、とかそういう問題もある。が、一番の違いはその柔らかさだろう。箸で不用意につまんだら簡単に崩壊するというほどデリケートなもの。それほどふんわりしている。これをこのあっさりだし汁につけて食べる。めちゃうま。いくらでも食べられる。なるほど、これは一人15個くらい食べられるよな、と思う。
先日、週末に家族でふらりと明石へ行ってきた。魚介類がおいしいのではないかという期待をもって。明石といえばタコ。
明石の中心的な商店街である「魚の棚(うおんたな)」商店街へ。すると目を見張るようなタコ関連ショップが並んでいる。もちろんその他の魚介類もある。
タコ・イカを中心にした煮物類も豊富に。こうした屋台で売られると、抵抗できないほどおいしそうに見えるのはなぜだろう。
こちらは鯛の開き。なんと贅沢な。写真でその大きさが実感できないのが残念だ。「おすすめ品」とあるが、ほんと、そうなんだろう。
このように誘惑が多い中を空腹で歩くと危険なので、どこかで食事をすることに。とっさの判断で、明石出身の私のゼミ卒業生に電話し、「どこが一番うまいのか、教えてくれ」と。そのN君、少しばかり考えた挙句、商店街の入り口付近にある料理屋を紹介してくれた。「そこのタコめしがめっちゃうまいですよ」と。電話を切った後そこへ行ってみると、ちょうど昼時だったので、待っている人がいたが、ここはやはり我々も待つべし、と列に加わる。店の板前のおじさんがひもじそうにしている私の子供二人を見て、タコの足のから揚げを爪楊枝にさして「ほら」とくれたりした。こういうあたり、アジア、というか関西だね。
で、しばらく待ってランチにありつく。タコづくし、といったようなセットメニュー。1300円くらいだったと思うが、かなり贅沢で、超美味。タコ飯も絶品だ。待ったかいはあった。帰り際、お勘定を済ませて外へ出ようとすると、さきほどの板前おじさんが再び子供に何かくれている。見ると、甘海老のから揚げを山ほど包んでくれている。なんていい店なんだああぁぁぁ。N君、こんな素敵なお店を教えてくれてありがとう。
翌日、学会開催地の九州大学へ。旧七帝大の一つで、キャンパス自体はいくつかに分かれているが、その大半がある箱崎キャンパスへ。貫禄のある建物が多いのが旧帝大の特徴。

上の建物もなんか素敵。現在は大学博物館となっていた。時間がなかったので中には入らなかったが、こうした大学博物館もおもしろい展示があることが多い。
これは構内にある理髪所。京大にも同じようなものがあったような。国立大学の定番なのだろうか。
学割カット1000円。これはそういう特定のヘアスタイルの話なのだろうか。違うか。いずれにせよ安いね。「お待ちしてま~す」というのがユルくてよい。
学会で発表中の様子。今回は発表者にも討論者にもなっていないので、お気楽。皆じっくり聞き入ってる。
この大教室、席が二階建てになっているという珍しいもの。これは二階席からの眺め。二階にはさすがに誰もいなかった。
九州大学は現在大掛かりな移転計画の実施中で、数年後には少し郊外に全学部と施設を移転するらしい。そうなると創立初期に立てられたあの重厚な建物も、このようなユニークな教室もすべて取り壊されるのだろうか。新しい大学キャンパスは設備も整っていて便利になるだろうけど、どこの大学も同じように均一化するので面白みにはかける。少し残念な話だ。
ホテルで生ビールセットをいただいてそこそこ満腹になったものの、せっかく福岡に来たのだからということでラーメンを食べに出かけることとした。

中洲の屋台街。もうほとんど観光地化しているが、地元の人も結構混じっているようだ。ここで人が多いところに入ってみる。
ラーメン600円。味としては、普通だった。やはり観光地化しているのかな、などと思う。
その後少しその辺を散策。

これは金魚すくいならぬウナギ釣り。1回500円で、釣り上げたものは持って帰れるし、200円追加して払えばその場でおばちゃんが捌いてくれる。さらにいくらか払えば、横にあった七輪で炭火焼にしてくれるという。このおじ様、ちっちゃな竿を操りながら、かなり真剣に獲物獲得に熱中のご様子。
これは「ワン・ニャン アイスクリン」というユニークなアイスクリーム屋さん。そこらじゅうに猫やら犬やらがいて、注目を集めていた。が、実際に売れているかどうかはわからん。
こうしてみると福岡ってアジアだね。面白い。
福岡空港について、地下鉄で博多駅へ。その日の宿泊は駅から徒歩5分のところにあるホテルを取っていた。福岡空港というのは本当に都心近接型の空港で、博多駅から2駅ほどのところにあり、とても便利だ。で、地下鉄の駅で降りて駅構内を歩いていると、福岡在住の別の大学研究者とばったり遭遇。その人は今回の学会と無関係なので、単なる偶然だったのだが、私は人ごみの中から知っている顔を察知する優れた機能を備えていて、大体は見逃さない。で、すごい偶然だな、などといいながら近くのカフェに入り、お互いの近況報告。彼は最近アジアのことはほとんどやっていなくって、ヨーロッパらしい。いいね、ヨーロッパ。私も一度くらいはヨーロッパで調査をしてみたい、と書きかけたが、ヨーロッパってアジアと比べたら変化に乏しいので、やはり調査はダイナミックなアジアでやっておこう。学会などでの発表をヨーロッパでやるというのが良いかな。
その後、ホテルへチェックイン。下がそのホテルで、普通のホテル。

ところがこのホテル、ネットで調べて予約をしたが、一泊2500円。それと、なんと下に併設されているレストラン・居酒屋で生ビール・おつまみセットが付いてくる。おつまみは焼き鳥五本、小鉢、枝豆と、それで十分夕食になりそうなボリュームだ。この価格、いつもやっているわけではなく、この居酒屋が改装リニューアルオープンした記念価格らしい。ホテル経営的に言えば、間違いなく赤字だとは思う。
部屋はこんな感じで普通。少し古めの建物だったが、今回は寝るだけなので別にかまわない。
先月、九州大学で学会が開催されることとなり、行ってきた。普通の人は大阪から福岡に行く場合新幹線を利用するのだろうが、私は飛行機好きなので飛行機に乗ることに。便の関係で昼過ぎの伊丹発で。ランチをどうしよう、と思って売店をうろついていると、「焼き鯖すし」というものが目に入り、それを購入。

1050円くらいだったような。しめ鯖ではなく、焼き鯖というのがなんだか新鮮だ。これをANAのラウンジに持ち込んで食べることに。
ラウンジの生ビールと食すと、これ、絶品じゃないか。脂ののった鯖で、表面が香ばしく焼き上げられている。箸が進む。この鯖すし、福井の若狭小浜のお店のものだった。鯖街道を伝って伊丹空港まで来たのだろうか。
その後飛行機に乗るが、やはり大阪―福岡間は新幹線に押されているのか、小さなプロペラ機だった。小型機は揺れるからそんなに好きではないけど、必死で飛んでいるという感じがプロペラの辺りから漂っていて風情はある。
先日東京で某財団の研究会に出席した。この財団の研究会、若干専門分野が異なるがそうした異業種交流のようなものも刺激が多くて楽しい。その研究会、いつも夕方開始で終了後は食事もセットになっているが、研究会会場でそのまま夕食という運びになることもある。この日もそうだった。
研究会の会場は毎回変わるが、この日は日本経団連会館で。
上が研究会会場で食事の準備が進んでいる様子。経団連会館でこういうケータリングサービスを利用するという形式。出てきたのは結構本格的なフランス(と思われる)料理。仕事の後なのでビールも飲むしワインも出るし、いいんだけど、なんとなく研究会の延長線上にあるような感じがして、完全には脱力できない。微妙に対面の相手とも遠いし。まあ、でも弁当よりはいいね。
またやってもうた。昼の会議、忘れてた。しかも2つもあった。この日は少し早めにランチに出ていて、帰ってきたときに別の教員にその日のミーティングのリマインドをされ、思い出したという…。会議にはどちらも間に合ったが、その両方の会議で用意された弁当が余ることに。もちろん両方とも引き取ったが、また運の悪いことにどちらも同じ弁当。
この弁当、大学の生協のもので500円の弁当。生協弁当にしては高めで、内容を見ても分かるように揚げ物が比較的少なく、ちょっと年配の人向けという企画の意図が感じられる。これを前にして少しの間眺めていたが、二つも同じ弁当が並ぶと完全に戦意を喪失する。するとそこに偶然ゼミ生が何人か研究室に入ってきたので、そいつらにやることに。後で聞いたら「5人で食べました。めちゃめちゃうまかったです。特にあの中に入っていた大学イモが・・」と長いこと感想を述べてくれた。若いって素晴らしい、と思った。
これはClos de Menutsという有名なサンテミリオンのグラン・クリュのセカンドレーベルのようなもの。
大体こういう有名なワインメーカーの二番目というと質が高い割に価格が安いというのが相場だ。これもそうに違いない、と思って期待して飲んだら、案の定おいしい。これはとてもバランスが取れたもので、酸味もきつ過ぎず、また甘すぎず、飲みやすい。フルボディーよりだが重すぎないというのもよい。肉料理にも合わせられるが魚料理でもよい、というような。
そういえば先日妻の友人が家に遊びに来た際にワインの話題になったとのこと。そのお友達の旦那さんはお酒を飲むが本人は飲まない、というのであまりワインには詳しくない。そこで出たのが「へー、ワインって赤とか白とかあるんだ」というコメント。そしてさらに「白ワインって本当に白いの?」というもの。とても面白かったので、勝手にブログにアップさせていただきました。なるほどねえ、ワインというのもまだ日本の社会に根付いてはいないのだね。この飲み物の日本社会への定着とさらなる普及をめざし、このコーナーも細々と続けていくことにしよう、と新たに決意。
この前の記事で出張が多い、と書いたが、その時の移動手段の多くは飛行機である。新幹線などで移動することもあるが、どちらか選択できる場合は飛行機にすることが多い。飛行機というのは不思議なもので、離陸する直前に90%の確率で眠りに落ちてしまう。機内の酸素濃度を少し下げているんじゃないか、と思えるくらいだ。国内線は乗っている時間が短いので、気付いたら着陸寸前、というのが多い。
飛行機に乗ると、機内誌(月刊が多い)を読むのも楽しみの一つだ。旅情を掻き立てるような記事が多く、読んでいて楽しい。ボケーっと読める記事が多いというのも良い。こうした機内誌は持ち帰り自由なので、いつも搭乗した月の機内誌をいただいて帰る。上の写真はJAL(Skyward)とANA(翼の王国)の2011年6月号。紙面の構成はどちらもよく似ているが、やはり内容にJAL/ANAらしいところが若干出ていると思う。路線によっては新幹線よりも料金が安いことも多く、飲み物が飲めたりするので、どちらかを選べるならばやはり飛行機に乗ってしまう。
最近わりと出張が多い。休業期間中は専ら海外出張がメインとなるが、学期中は授業の関係で国内中心だ。研究会とか学会とかが所用の大半である。今、アジア経済研究所という組織の研究会に入っているが、それだけでも4月以来すでに数回上京している。アジア経済研究所といえば世界的な途上国に関する研究機関で、専門家も多く、多くの刺激を受けるのでいいけどね。
この研究所、もともとは都心にあったが数年前に幕張(千葉)に移転してきた。で、そこに行く途中で気が付いたが、やはりこの辺は先の地震の被害が結構出ているね。たしかに埋立地が多いエリアなので、液状化が起こっているというような。
上の写真はこのアジ研のそばの歩道(5月に撮影)だが、このように巨大な蛇が地下を通ったかのように地面が盛り上がったりしている。実際に地中のパイプか何かが地表付近にまで押し上げられたのかもしれない。関西にいる分にはなかなかこの地震の大きさが実感できないが、こういうのを見ると現実味がわく。
ついにでました。ペトリュスの1983年物。世の中の赤ワインで最高といわれる、ある意味孤高な地位を不動のものにしている。野暮なので値段に関してはあえて言及しないでおこう(と思ったが、やはり数十万円するとだけはどうしても言いたい。こういうあたりが凡人なのだ)。
このワイン、妹のパートナー(の父)が、オランダから父への土産にと持ってきてくれたものだ。こういうヴィンテージ物になると、質の劣化が問題になることが多い。ワインの瓶の栓となるコルクは、一般的に20年くらいで劣化して密封性能が低下し、品質に悪影響を及ぼすとされている。ただ、このような高級なヴィンテージ物の多くは、そういう長年の熟成を見越しているので、途中で何度かコルクを取り換えるらしい。このワインもまさにそのような所作を経ていた。
で、味のほうだが、濃厚なフルボディーだがとてもなめらかで角が全くなく、とても飲みやすい。ソムリエでないので、これ以上のこのワインをどう表現してよいかわからないが、とにかくおいしかった。よくイメージしがちなカビ臭さとか、そういうのはみじんもなかった。これを数種類のチーズでいただいたが、至福の時間だった。次はいつお目にかかれるのだろうか。
これは2年ほど前に、タイ人の元同僚に連れて行ってもらったレストラン。外国人もいるけど、どちらかといえば地元の人の方が多いような店。ただ、いつ行っても人が多く、入れないこともある。
外で炭火で焼いているのは焼き鳥(サテー)。下がそれを頼んだもの。このピーナッツ・ソースを付けて食べる。ビールが進む。
これはお約束の空芯菜の炒め物。ここの店は、豚肉を挙げたものが入っていて、それが特においしかった。
これは魚のフライで、右にある大根の千切りのように見えるマンゴー・ソースに付ける。マンゴーも、果物として食べるもの以外にも、どちらかといえば野菜に近いようなものもあって、それがここで登場。このマンゴー・ソースがナンプラー(タイの魚醤)とトウガラシで絶妙に味付けがされていて、魚ととてもよく合う。
そして、これ。これは牡蠣の卵とじのようなもので、通常は大きな鉄板の上で調理される。これでもか、というくらい贅沢に牡蠣を使っている。ご飯がものすごく進む。
しかしこうしてしばらくたってからタイ料理の写真を見ると、無性に食べたくなるね。